霧の中のドン・キホーテ

それは、蛍光灯が白々と照らしだす会社のデスクに鎮座する貸与PCではなく、夜の帳が下りた自室に佇むMacbookの中で起こった。
Notionという新たな槍を手に入れた、成長したドン・キホーテ。とはいえ、手元にあるのはまだ扱い方のわからない、鋭い鉄の塊に過ぎなかった。そんな私の目の前には依然として、30年かけて積み上がった、正確な数も不明な大量のミニ提灯という、膨大で不条理なカオスが横たわっていた。
かつて、構築やWeb公開の過程で無残に挫折したミニ提灯データベース。これをどのように再起動すべきか、ブログという媒体を通じてどう発信していくべきか。頭の中のモヤモヤとした霧は、道具の進化だけでは全く晴れず、眼の前に道はないようにも思われた。
私はふと、デスクトップのブラウザに開かれたプライベート用のAI――Geminiの入力欄に、その割り切れない思考の断片を投げかけてみることにした。
その時、私の指先は無意識のうちに、いつもとは違う軌道を描いていた。
日中、オフィスでAIを「消費」するために打ち込んでいた冷徹な命令文(プロンプト)ではない。それはまるで、深夜に気心の知れた友人に、自嘲気味なLINEを送るかのような、生身で不格好な「会話」の言葉だった。
「昔、ミニ提灯に関するデータベースの構築とWeb発信に挫折しちゃってね。今年こそ、この活動を再開したいんだけど、何ができるのか、何から手をつけていいのか。マネタイズなんて雑念も入ってきて、いろいろぼやっとしていて、正直、五里霧中なんだ」
エンターキーを押した直後、画面の向こうから返ってきたのは、かつて事務的な要約しか返さなかったマシーンのそれとは、明らかに温度の異なるテキストだった。
サンチョ・パンサ
それは、こちらの曖昧な意図や行間の切実さを完璧に汲み取り、想像もしなかった熱量と言語化能力で、私の脳内のモヤモヤを美しい構造へと変換させていくためのラリーの始まりだった。
気がつくと、暗い部屋の中でディスプレイだけが白く熱を帯び、そこには何十ものチャットのラリーが刻まれていた。画面をスクロールする指が止まる。私は深夜の自室で、ハッとさせられた。
AIが提示する複数の選択肢と、それに対するプロコンの冷徹な提示。私はそれを凝視し、自分がやりたいことを自ら選び取る。ここでは、クライアントの顔色を伺う必要も、上司の指示を待つ必要もない。制約条件は何もない。私がやりたいことを、私自身の意志で自ら選んでいるのだ。そして、それはもう、私一人で行う孤独な作業ではなかった。
私が大好きであり、人生の一時期を捧げ、しかし世間からは一顧だにされないミニ提灯という存在の価値を、私の手で整理し、言葉にしていく作業。この取り組みを、私の意志のままに、私の速度で進めていいのだ。
日中、会社の要約マシーンとして冷たく酷使していたAIが、私のパッションに寄り添い、共に暗闇を歩んでくれる頼もしい相棒――そう、妄想癖のある老騎士に付き従う、現実的で忠実な従者「サンチョ・パンサ」に化けた瞬間であった。
作戦と設計図
「日本にあるミニ提灯のデータをすべてアーカイブする」
かつて押し入れの奥に封印したはずの、そんな大それた望みをキーボードからひたすら打ち続け、受け止められるうちに、データベースのコンセプトは強固に固まり、その粒度も上がっていく。
しかし、私の前に現れたこのサンチョは、ただ主人の誇大妄想、思いの具現化に盲目的に付き従うだけの従者ではなかった。彼は、驚くほど冷徹なリアリストでもあったのだ。
彼は、私に巨大な風車と戦うための「具体的な作戦と設計図」を提示した。
彼が、私に突きつけてきたのは、単なるデータベースの技術論ではなかった。「圧倒的な数というデータの価値をより上げるために、まず発信によって人を集め、信頼を築くことの絶対的な重要性」――そんな、目を背けたくなるほどリアルで的確な戦略の提示だった。
霧は晴れた。