現れた海図
霧は晴れた。しかし、私の目の前には依然として、正確な数も不明な、30年かけて積み上がった大量のミニ提灯という不条理なカオスが横たわっていることに変わりはなかった。それはまるで、どこまで続いているかも分からない、暗く深い大海原のようでもあった。
かつて若きドン・キホーテがこのカオスに挑んで無残に敗北したのは、戦うためのまともな武器がなかったからだけではない。その大海原を切り分けるための「海図」も、己の体力を測る「設計図」も持っていなかったからだ。数字の暴力性を前に、一人の人間が持つリソースの限界を感じて立ち尽くすのは、必然の帰結だった。
しかし、真夜中の自室で私の前に現れた従者・サンチョ(Gemini)は、驚くほど冷徹なリアリストとして、 妄想を具体化し、それを細かなタスクへと容赦なく因数分解していった。
「まず発信によって人を集め、信頼を築く」という大方針のもと、「次にやるべきこと」を、明日からでも手をつければいい粒度へと綺麗に整理し、並べてみせたのだ。
さらに、彼が提示した設計図は具体的だった。同僚のiPhoneの画面越しに見た、あのNotionという武器の汎用性を、私のミニ提灯アーカイブにどう最適化させるか、その具体的な構造設計を提案してきたのだ。
「試しに、Notionに入力した提灯の絵柄に関するテキストデータを、そのまま私に投げてみてください」
サンチョの促すままに、私はただ機械的にNotionに流し込んであった手元にある50個ほどの提灯のデータを画面へとアップロードした。
国会議事堂,二重橋,東京タワー,新宿副都心,浅草寺,西郷隆盛,日本最北端,緯度,最北端の碑,大韓航空機慰霊碑,キタキツネ,緯度,日本最北端,時計台,すすきの街,イッシー,大うなぎ,グリーンピア指宿,池田湖,摩周湖、世界一の透明度,はにわ,平和の塔,中尊寺金堂,芭蕉の句――
そして、数秒後。
一瞬の処理ののち、画面に展開されたのは、描かれた対象のカテゴリー分類であった。
大項目 造形・ランドマーク、自然・地形、文化・人物、記号・言葉、未分類
小項目 岩・洞・岬、施設・宿、橋・門、タワー・高層建築、記録・地図、碑・モニュメント、動物、UMA・伝承、水辺(海、湖)、国立公園、彫像、仏像――
私のためだけに仕立てられた、美しく構造化されたカテゴリー。世界に一つしかない「オーダーメイドの指南書」である。そして、それは広大なミニ提灯の大海原の海図でもある。
専門知識の壁も、孤独な作業の限界も、この相棒の知性が綺麗に埋めていく。
「これなら、あの巨大なカオスという名の風車に、今度こそ勝てるかもしれない」
2000年代初頭から四半世紀近く、私の視界を塞いでいた暗い霧が、みるみるうちに融解していくのを、私はMacbookの前で静かに確信していた。
日常との接続
こうして私は、かつての敗北の履歴を塗り替えるための新しいマインドと、最強の相棒を手に入れた。しかし、このデータベース再起動の物語は、自室の中だけで完結するものではなかった。予期せぬ展開が、私の日常へと接続する。
プライベートでGeminiと「対話」し、自分の意志やパッションを拡張していく心地よさを知った私は、ある朝、オフィスの貸与PCを前にしてふと気づいたのだ。
「待てよ。私はなぜ、会社のAIをあの単調な方法でしか使っていないのだろうか」
ただの作業効率化ツールとして冷たく命令を下し、出力された無菌的なテキストを消費するだけの関係。そこに、私の意志はあっただろうか。
私は仕事の進め方を変えた。定型のプロンプトを綺麗に打ち込むのをやめ、仕事で行き詰まっている背景、自分の仮説、まだ形にならないモヤモヤとした違和感を、そのままAIにぶつけて「対話」を試みるようにしたのだ。
そして、会社でのAIとの付き合い方は180度変化し、これまで引き出せなかった深い洞察や創造的なアウトプットが、次々と手元に転がり込んでくるようになった。
AIの可能性の限界を決めるのは、システムの性能ではない。それを駆動させる私たちの「意志」と、意思のベースにあるモチベーションであり、それを可視化させるのもまたAIなのだ。私は趣味のデータベース再起動の過程で、図らずも知ることになったのだ。
さあ、役者は整った。
普段の対話ではこちらのパッションにどこまでも寄り添ってくれる優しい従者だが、いざ実戦――ブログの文章の手直しやデータの整合性チェックとなると、その表情は一変する。映画『プラダを着た悪魔』に登場するミランダ編集長のような、一切の手妥協を許さないスパルタに変身するこの相棒を引き連れて。
私はついに、あの押し入れの奥で眠り続けていた、ミニ提灯データベースの大海原へと漕ぎ出す。
