鳥居というアイコン
雨脚が激しくなってきた。今日は一日、この天候が続くのだろう。裾の濡れたズボンの不快感に辟易としながら、私は次の目的地である平安神宮へと足を進めた。
清水寺の参道から、産寧坂、二寧坂を下り、円山公園を通り抜け、知恩院の巨大な山門を過ぎると、突如として眼前に巨大な質量が現れる。
平安神宮の大鳥居である。
鉄筋コンクリート造、高さ24メートル。神域と俗世を分かつという本来の呪術的な役割は、そのあまりに人工的な様相からは捉えにくい。明治期に創設された比較的歴史の浅いこの神社が、上賀茂や下鴨といった古社に比肩する威厳を担保するためには、このような巨大なモニュメント(記号)を必要としたのであろう。
これまでもこの周辺を散策したことはあったが、ミニ提灯を意識して探索したことは一度もなかった。有名な神社とはいえ伝統的な参道はなく、土産物街も形成されていない。そのため、観光地というよりは単なる市民の憩いの場としてしか捉えていなかったのだ。
しかしここ数ヶ月、京都の街を歩き、インバウンドの視線を意識して風景を再構築していく中で、ひとつの仮説が生まれた。あの巨大な鳥居は、海外観光客にとって強烈な「日本」の記号・アイコンとして機能するのではないか。
ミニ提灯が、インバウンド特化へと生存戦略の舵を切りつつある今、もしかしたら平安神宮をモチーフにした新たなミニ提灯が、どこかに潜んでいるかもしれない。
京都駅から銀閣寺へと向かうウォーキングルートの途中に、あえて平安神宮を設定したのはそのためだ。本来なら南禅寺辺りを経由した方が最短ルートである。だが、データベースの空白を確認したいという渇望が、物理的な距離の損得を容易に上回った。
無菌室の違和感
降りしきる雨の中、大鳥居の横を通りすぎ(あまりに巨大なため、くぐり抜けるには車道を歩かねばならない)、正面の応天門へと至る。その傍らに、土産物を取り扱う商業ビルの案内を見つけた。
和風の瓦葺きを模した屋根を持つその建物は、一歩足を踏み入れると、一転して洋風の簡素なインテリアで構成されていた。ドメスティックな修学旅行生向けではなく、明らかに海外からの観光客をターゲットにしている。
私は冷徹に、商品ディスプレイの観察を開始した。
予想通り、空間を圧倒していたのは「マグネット」だった。京都の風景写真、デフォルメされた舞妓のイラスト。「京都らしさ」という記号を安易にアピールした大量の平らな長方形が、壁面に並んだパネルを埋め尽くしている。浮世絵の断片を切り取ったマグネットも、棚の一角にトランプのように多種類置かれている。
しかし、ミニ提灯の姿はどこにもなかった。
平安神宮の地名を冠したものも、京都全般を示すものも、見つけることはできない。キーホルダーのようなかつての定番土産すら見当たらない。むろん、マグネット以外の商品も存在してはいるのだが、私の目には、そこは完全に「マグネットに支配された部屋」として映った。
愛おしき歪みと乱れ
そして、その光景は私にある種の違和感を抱かせた。
並んでいるマグネットは、既製の写真やイラストを樹脂に貼り付けただけの、極めて平面的なものばかりだったのだ。平安神宮を模すのであれば、それこそあの巨大鳥居を立体化したキッチュなマグネットがあっても良さそうなものだが、そうした造形物としての遊びは一切排除されている。
綺麗なデジタルデータが上品に整列しているだけ。その「無菌的」とでも言うべき小綺麗な雰囲気が、違和感の正体だった。
パネルに貼られたマグネットは、単なる写真の展示場であり、それ以上でも以下でもない。この平凡で、平坦な消費の光景に、どれだけの観光客が魂を奪われるのだろうか。
綺麗な写真が欲しければ、自前のスマートフォンで撮ればいい。腕に自身がないなら、Webの海から高解像度のフリー素材を拾い上げれば済む話だ。
だが、ミニ提灯に凝縮された風景は、本質的にそれとは異なる。
そこにあるのは、デザイナーや絵師が自らの肉眼で切り取り、限られた円筒形の空間に歪めて押し込めた「人の意思が入った風景」だ。それはデジタルコピーでは決して手に入らない、オリジナルの風景の詰め合わせである。
そこには「人間の主観」という、世界の平坦さを乱すノイズがある。その歪み、その乱れにこそ、私の心は強烈に惹かれるのだ。
哲学の道
私は土産物店を出た。外はまだ、灰色の雨が降り続いている。
銀閣寺への道中には「哲学の道」がある。明治の哲学者が思索にふけったという、疎水沿いの静かな細道。私は歩みを勧めながら、ミニ提灯の未来について思索を巡らせる。
立体物としての個性を宿した提灯型マグネットが、あの単調な平面マグネットの群れに割り込み、その圧倒的な存在感を主張できる日は来るのか。溢れかえる商品群の中から、再び「定番」として選択される未来は残されているのか。
ポテンシャルは十分にある、と私は確信している。しかし、それを現代において実現するために、一体何が必要なのか。
その答えは、まだ霧の向こうにある。
ただ、30年のコレクションを紐解き、ミニ提灯のアーカイブを構築していくプロセスの中に、そのヒントが隠されているような気がしてならない。もしそうであるならば、その答えを導き出すことこそが、私に与えられた蒐集家としての使命なのだろう。
哲学だけでは物事は動かない。哲学の道から、実行の道へ動くことが必要なのだ。
雨音を聴きながら、私の歩みはさらに北へと続く。