2000年代初頭の、あの夏。私の旅を支える翼は、白い中古のサニーからガンメタブルーが眩しいインプレッサを経て、ガンメタグレーの新車のプレマシーに変わっていた。
京都から敦賀、フェリーを経て小樽。そこから日本海を左手に、最高のドライブルートである「オロロンライン」を北上する。視界を遮るもののない、天へと続くかのような直線道路を、プレマシーのエンジン音がどこまでも突き抜けていく。
走り継ぐこと2泊3日、ついに辿り着いた宗谷岬の駐車場。ドアを開けた瞬間、新車特有のプラスチックが焼けたような匂いは、最北の海が運んできた透明な冷気に一気に押し流された。
本土の湿気にまみれた夏の空気とは明らかに違う、一切の不純物を削ぎ落とした高原のような風。鼻の奥がツンとするその感覚は、北緯35度から45度へと、緯度10度の差を身体が「温度のギャップ」として受容した証だった。
広い駐車場の向こう、数人の観光客が囲むだけの三角形のモニュメントを仰ぎ見る。
そこは日本最北端という「到達点」であると同時に、網走、そして納沙布へと続く北海道旅行の、まだ通過点に過ぎない。そんな旅の「現在地」を掌の中に繋ぎ止めたのが、このミニ提灯である。
表面には、地球上の絶対的な位置情報である座標「北緯45度31分」。 そして裏面には、メロディさえ知らないご当地ソングの歌詞。
私はその見知らぬ歌を、勝手に盆踊りのような素朴なリズムで脳内に再生していた。絶対的な数字としての「理」と、主観によって歪められた、どこか間の抜けた旅情という「情」。その二つが表裏一体となって、手のひらサイズのプラスチックに収まっている。この歪(いびつ)なパッケージングこそが、ミニ提灯という土産物の真骨頂だ。
店主がこの「最北の証明書」を紙袋へ放り込む。
「カサカサ」
鞄の底で鳴る乾いたその音を合図にするように、最果ての情緒もそこそこに、私は再びプレマシーのエンジンをかけた。
座標という揺るがない「理」も、知りもしない歌を脳内で歪めて再生した「情」も、突き詰めれば、この掌の中の小さな実体が刻み込んだ記憶に過ぎない。オロロンラインで駆け抜けたあの疾走の記憶と、あの日、自分が確かに最北の風の中にいたという証言。その両方をこの提灯という記憶のページに挟み込み、私はまた、未知なる東の果てへとハンドルを切った。