押し入れの住人
私の部屋の押し入れには、長い間、出番を待っている「住人」たちがいた。
10年近く、光を浴びることなく眠り続けてきた、数十個のA4ファイルケースだ。

かつては屋根裏部屋が彼らの定位置だった。しかし、生活の荷物が増えるにつれ、妻から「もう、自分の部屋で管理して!」と宣告を受けたのが数年前。いや、正確に言えば、宣告されると同時に、妻の手によっていつの間にか私の部屋の押し入れに整然と押し込まれていた、というのが正解だ。
それ以来、ファイルケースの蓋は「開かずの扉」となっていた。
以前はあれほど苦楽を共にしたというのに、今では押し入れの中に追いやられる、いわば迷惑者。この数年、押し入れを開けるたびにその輪郭が目に入ることはあっても、中の住人たちと語り合う機会は長らくなかった。ときどき、蓋を開け新入りを追加することもあったが、新入りとの付き合いも蓋をしめるまでのことだった。
再点火
そんな彼らとの再起動の機会は、唐突に、そして運命的に訪れた。
2026年3月の終わり、京都・清水寺の参道。多忙な日々の中、エアポケットのように生まれた有給休暇の昼下がり。遠くに桜を望む参道の土産物店に、私の記憶から少し姿を変えた彼らの仲間がいた。
それは、昭和の時代、土産物の定番としてどの観光地にも存在し、平成・令和の時の流れの中に埋もれていった「ミニ提灯」だ。ガラスや壁への取り付け用のプラスチックの吸盤は、今は「マグネット」に変わっていたが、その愛おしい造形は当時のままである。
ミニ提灯を手に取ったその瞬間、懐かしい感触と共に、かつて寝食を忘れて彼らと格闘していた日々が、私の脳内で鮮明に再生された。
私はかつて、ミニ提灯を数百個も収集し、データベースを構築していたのである。現物の写真を撮り、慣れない手つきで諸元をデータベースソフトに打ち込む日々。清水寺の春の日差しが、虫眼鏡で一点に収束する感覚。私の情熱が再点火した。
タイムスタンプ
「あれを始めたのは、一体いつだっただろう」
ふと気になり、帰宅するなり古い記録を紐解いてみて、私は息を呑んだ。
アルバムに挟まれた一枚のプリント写真に映し出された、収集の最初の一歩。そこに刻まれたタイムスタンプは、1996年4月。場所は、和歌山県・串本町の橋杭岩で撮影されたものだった。
「……ちょうど、30年前だ」
狙ったわけではない。けれど、計ったかのように重なった「30年」という節目。
これは、なにかの縁だ。
10年ほど前まで更新していた私の旧いデータベースは、今も屋根裏部屋の旧型Macの中で眠り続けている。データファイルは、もう現代のシステムでは取り出せないかもしれない。
けれど、妻が押し入れに突っ込んでくれたおかげで、現物であるケースたちは、今確実にここにある。そして、その中には、かつての友が静かに眠っている。
30年目の再起動
押し入れの奥から、10年ぶりにファイルケースを引きずり出す。
まずは、何個あるかもわからないほど増殖した箱の数を数えるのだ。箱の総量を把握し、中の住人たちの安否を確認する。押し入れの中のタイムカプセルを開封し、もう一度、彼らに生命を与えること。それが私の最初のタスクだ。
ミニ提灯が振りまく、昭和・平成の観光地の匂いと共に、私の「提灯データベース再起動計画」が、いよいよ幕を開ける。